はじめに|「毎日が辞めたい」と思っていた時期もあった
現場監督として30年。 その道のりを振り返ると、「辞めたい」と思った現場は一度や二度ではありません。
ときには毎日のように、「もう限界だ」「明日から現場に行きたくない」と思いながら、それでもなんとか踏みとどまってきました。
今こうして振り返りながらこの記事を書けているのは、あの修羅場の数々が、すべて無駄ではなかったからだと思っています。
今回は、特に印象に残っている「本気で辞めたくなった現場」を5つ紹介し、それでも私がなぜ現場監督を続けてこられたのかを、あらためて振り返ってみたいと思います。
1. 職人さんと完全に関係がこじれた現場
この現場は、私が初めて担当した現場でした。
初対面のときから職人さんとの相性が悪く、話し方ひとつとっても噛み合わず、こちらが出した指示にも「それはお前が考えることじゃない」と突き返される始末。
朝礼後のKYミーティングも終始ピリピリしていて、お願いごとをしても返ってくるのは罵声ばかり。現場全体に張り詰めた空気が漂い、私の心は徐々に削られていきました。
現場の知識も経験も乏しかった私は、やることなすこと空回り。やってはやり直しの繰り返しで、職人さんにとってはストレスの塊だったと思います。
そのうち現場では誰にも相手にされなくなり、「どうせ現場なんて分かってないだろ」「机上の空論ばかり言うな」と、心をえぐる言葉が日常的に飛び交うようになりました。
毎日失敗していた私は、「せめて段取りだけは自分でできるように」と思い、毎朝誰よりも早く現場に入り、図面とにらめっこしながら材料の確認や工程の整理をするようになりました。
そんなある朝、いつも通り黙々と準備していると、その職人さんがぽつりと「今日はずいぶん早いな」と声をかけてきたのです。
たった一言でしたが、その瞬間、凍りついていた空気がほんの少しだけ緩んだように感じました。
そこから私は、相手の段取りや考え方に敬意を持って接するよう心がけ、伝え方も変えていきました。
完全に打ち解けることはありませんでしたが、それでも現場の空気は徐々に和らぎ、会話も少しずつ増えていきました。
この現場で学んだのは、「信頼は一気には築けない」ということ。
小さな行動の積み重ねが、やがて信頼につながる——この現場が、それを教えてくれました。
2. 図面と書類と現場の板挟みで眠れなかった現場
管理業務と工程調整や施工図に追われ、心身ともに限界に達しそうになった現場がありました。今振り返っても、あの時期は本当に過酷でした。
・ 終わらない書類と時間に追われる日々
施工図作成、作業計画書、安全書類、週報、日報、設計変更の対応——デスクに向かっても次から次へと処理すべき書類が積み上がり、気づけば一日が終わっていました。
朝から晩までペンを握り続け、現場に出る時間すら取れず、机上の管理に追われる毎日。書類を終わらせないと工程が進まない。でも現場を見なければ工程の把握ができない——そんなジレンマに苛まれ続けていました。
・工程崩壊の危機と深夜の現場確認
他業者の作業遅延、資材手配ミス。
調整したはずの工程が次々と崩れ、現場確認が遅れ後手後手にまわる日々。。。
作業人員も資材も足りていない状況。。。予算もないし。。。
「どうすれば間に合うのか」と毎晩、工程表と図面を睨み続ける日々。
答えは出ないまま時間だけが過ぎ、ついには深夜に現場へ向かって自分で進捗を確認したり、職人への作業指示を現場に貼り出しや手直し指示の貼り出しをするようになりました。
睡眠時間はわずか2〜3時間。神経を張り詰めながら、気力だけで踏みとどまっていた記憶があります。
・心の限界と親方の一言
「この現場、全部自分が背負っているのかもしれない。現場監督ひとりで回せる規模じゃないし、一日48時間あっても足りない……」——そんな思いが重くのしかかり、ふと漏れた言葉は「もう辞めたい」でした。
その夜、ひとりで現場確認をしていたとき、作業を終えて帰ろうとしていた職人の親方が、ふいに声をかけてくれました。
「こんな遅くまで、よく頑張ってるな」
「大変な現場なんだから、人を回せって会社に言っといてやるよ」
その何気ない言葉が、カチカチに張りつめていた心に、静かに沁みたのを今でも覚えています。
・ それでも辞めなかった理由
- 「最後までやりきりたい」という執念
中途半端なまま投げ出したくなかった。途中で逃げるのは簡単だけれど、「自分は逃げずにやり切った」と思えることが、のちの自分を支えると信じていました。苦しくても、やり遂げたかった。ただそれだけでした。 - 仲間や職人の存在
「お前しかいない」と言われた瞬間、プレッシャーが誇りに変わりました。あの言葉は、ただの励まし以上のものでした。自分を信じてくれる人がいる——その事実が、孤独だと思っていた気持ちをそっと溶かしてくれたのです。 - 「やり切った」先に残るもの
苦しい経験は、スキル以上に自分を支える“自信”になりました。やり切ったことは履歴書に書けないけれど、どんな場面でも胸を張れる強さになります。あの現場が、私をひとつ成長させてくれたのは間違いありません。
3. 設計と施主と建築の板挟みで心が折れかけた現場
この現場では、設計事務所とお施主様、そして現場実務との意見が大きく食い違い、常に板挟みの状態で進行していました。三者三様の思惑が交錯し、現場は緊張と混乱の連続。日々のやりとりが心身を削るような感覚でした。
設計図と現実のギャップに苦しむ
設計事務所から上がってくる設計図は、意匠を最優先しており、納まりや施工性への配慮がほとんど見受けられませんでした。構造的・物理的に配管や機器が収まらない箇所も多く、現場の実情とはかけ離れた内容でした。
現場で調整を提案しても、設計側からは「設計変更は認められない」「設計図通りに施工してほしい」との一点張り。一方で、お施主様からは「なんでこんな納まりになるのか?ありえないよね。」と疑念の声が上がり、次第に設計事務所への不信感を募らせていきました。
こちらは最善を尽くしても、どこにも受け入れてもらえない。そんな虚しさを感じる場面も多々ありました。
板挟みによる精神的ストレス
現場は進行中で、工程に余裕はなく、待ってはくれません。設計とお施主様の間に立ち、調整・説明・交渉・報告の繰り返し。さらに建築側からも細かい調整や要望が飛んできて、現場全体が張り詰めた空気に包まれていました。
連日、終電近くまでの打ち合わせ。設計もお施主様も、建築も、みんなが疲れ切っており、「もう誰もこの現場の舵を取りたくない」と感じるほどの雰囲気でした。
「これは誰のための建物なんだろう?」
そんな問いが、何度も頭の中で響きました。電話が鳴るだけで胸がざわつき、深呼吸しないと出られないほど、精神的には追い詰められていたと思います。
・それでも前を向けた理由
- 現場で起きていることを、誰よりも理解しているのは自分だったから
自分が投げ出したら、混乱と誤解がさらに広がるのは明白でした。だからこそ、一歩引かずに現場に立ち続けようと決めました。 - 納得してもらえるまで、誠意を尽くすと決めたから
納まりの理由、施工の意図、施工に対する品質やメンテナンス性の観点など、どんなに細かいことでも丁寧に伝えること。それだけは徹底して行いました。 - 最後にお施主様から「ありがとう」と言われた瞬間
完成直前、施主検査が終わった帰り際。「本当に大変だったと思うけど、ありがとう」と声をかけられた瞬間、胸に込み上げるものがありました。報われたと思える瞬間でした。
4. 建築からの理不尽な要求が続いた現場
この現場では、建築との連携がうまくいかず、何度も理不尽な要求や対応に悩まされました。「設備は後回しでいいだろ」という空気感の中、工事が進むたびにしわ寄せがこちらに押し寄せてくる——そんな現場でした。
「現場はチームで進めるもの」だと信じてきましたが、この現場ではその前提が揺らぎました。
予定外の変更と矛盾する指示
施工途中、建築側から突如として仕様変更の連絡が入りました。
「やっぱり天井の高さを変えたい」「壁の位置をこの位置に移動して」「図面を修正したから、これで決定」「納まらないから変更したよ」——そうした指示が、すでに設備の配管が終わっている場所にも平然と届きます。
しかも、図面の修正が共有されるのは、施工当日か前日というギリギリのタイミングが多く、現場ではそのたびに混乱が生じていました。
「なんとかしといてよ」と軽く言われても、配管は魔法のように動かせるものではありません。配線も壁の中を通っており、一度施工されたものを簡単に変更することはできません。
それでも、「建築が優先だから」と言われてしまえば、反論する余地すら与えられず、ただ呑み込むしかない状況が続きました。
「段取り」が無視された現場
こちらが事前に関係者と調整を重ね、搬入・施工・養生まで綿密に段取りしていたにもかかわらず、当日になって「別の業者が先に使ってるから今日は無理。明日にして」と一方的に断られる場面が何度もありました。
何度立て直しても、同じようなことの繰り返し。やっと確保した工程も崩れ、業者への再手配、職人への謝罪、追加費用の算出など、すべてがこちらの負担になります。
「同じ現場で、なぜここまで意思疎通ができないのか」「なぜ、設備だけが後回しにされるのか」——そんな思いが積もり、無力感に襲われることもしばしばありました。
それでも耐えた理由
- 現場を守るのは自分しかいないという自覚
泣き寝入りしてしまえば、職人さんや協力会社にも迷惑がかかる。だからこそ、折れても黙っていられなかった。現場での信頼関係は、日々の積み重ねによって築かれるもの。自分が踏ん張ることで、現場全体の空気が少しでも保たれるなら——そう思って踏みとどまりました。 - 建築との間に、橋をかける役割
意地ではなく、想いでぶつかるしかなかった。毎回納得できない指示が来ても、その理由を聞き出し、落とし所を探った。ときには感情的になりそうな場面でも、冷静さを保ち、相手の立場や背景を理解しようと努めました。「どうにかして、全体が納得できる形にしたい」という一心でした。 - 完成した現場が出来が良かった時の達成感
苦労して完成した現場を見渡し、配管も内装もきれいに納まっているのを確認したとき、胸の奥がスッと軽くなるのを感じました。周囲から「きれいに納まったな」と声をかけられると、それまでの疲れや苦労が報われた気がしました。「やっぱり、やってよかった」——その一言に尽きます。 - 自分の成長を感じられたこと
苦しい現場ほど、自分を成長させてくれる。その渦中では気づけなくても、後になって振り返ると「あの現場があったから今の自分がある」と思える。理不尽な場面に耐え、乗り越えた経験は、確かな自信として残り続けています。
5. 若手が全員辞めていった現場
この現場では、若手スタッフが次々と辞めてしまう状況に、途方に暮れる思いを抱えていました。最終的には全員が現場を去るという事態となり、自分自身の指導力やチームづくりに深く悩んだ経験です。
私自身、複数の現場を掛け持っており、新人をじっくり育てる余裕などありませんでした。それにもかかわらず、会社は「未経験だけど2人採用したから、あとはよろしく」と、こちらの状況も考えずに無責任に丸投げしてきたのです。
結果として、そのうちの一人は会社側の都合で理由をつけられて辞めさせられ、残る一人も激務と「話が違う」という会社への不信感から、現場を去っていきました。新人たちが辞めていく姿を見送るたびに、やるせなさと無力感に襲われました。
孤立とフォロー不足の負のスパイラル
- 現場が上棟目前・基礎スリーブ工事と重なり、工程に余裕がないため、教える余力がなかった
- 新人が「わからない」「ついていけない」と言い出しにくい雰囲気
- フォローしてくれる先輩が不在
次々と若手が辞めていく状況に、私は「現場監督失格ではないか」と自問自答するようになりました。
新人の声が胸に刺さる
辞めた新人から、こんな言葉を聞きました:
「教えてもらえないし、自分が邪魔者みたいで……」
その言葉は、胸に突き刺さるような痛みを伴って残りました。私自身もかつて、よくわからない状態のまま現場を任され、仕事を教えてくれる先輩もいない環境に苦しんできました。だからこそ、新人にはそんな思いをさせたくないと願い、自分の仕事を後回しにしてでも、できる限り教えるよう努めていたのです。
それでも、時間も気持ちも限られた中で、十分なサポートができていなかったのかもしれません。悔しさと申し訳なさでいっぱいでした。
それでも続けた理由
- リーダーとしての自分を見直したかった
「若手が辞める現場は、本人の問題だけではなく環境にも責任がある」と、自分に言い聞かせました。まずは私自身の接し方や伝え方を見直し、変えていこうと決意したのです。 - 新人が育たない会社には未来がないと思った
新人が定着しない現場では、長期的に見て人材の層が薄くなり、組織としての成長が止まってしまうと感じました。「忙しいから教えられない」ではなく、「教えることで将来の負担を減らす」という視点が必要だと強く実感しました。 - 私自身、将来体が動かなくなったときに新人育成という形で現場に貢献できるよう、今からそのスキルを身につけておきたいと思った
現場で走り回れるのも、あと何年だろう——そう思うことが増えてきた今、体力を使わずともできる貢献の形として「育てる力」を磨いておくことの大切さを感じています。現場を安定して回すには、自分だけで抱えるより、信頼できる人材とチームで動いた方が効率的です。そのためには、知識を共有し、育成に目を向ける姿勢が必要です。また、私が積んできた現場経験は、マニュアルでは伝えきれません。それを次に引き継ぐことが、今の自分の役目だと感じました。
それでも、現場に立ち続ける理由
「辞めたい現場」は誰にでもある
5つの現場で、私は本気で辞めたいと思いました。 それでも続けてこられたのは、「自分だけの力じゃない」と気づいたからです。
職人さんのひとこと、仲間のまなざし、若手の悩みに耳を傾けた時間—— 現場には厳しさと同じくらい、温かさがありました。
心が折れそうになったとき、そっと支えてくれたのは、いつも現場にいる「誰か」の存在でした。 そして、自分の力を最も発揮できる場所も、やはり現場だと感じたのです。
だからこそ、どれだけ苦しくても、私はまた現場に戻ろうと思えるのです。
苦しかった現場が、いちばん心に残る
逃げ出したくなるほどの状況こそ、振り返れば「学び」の宝庫でした。
うまくいかなかった段取り、通じなかった言葉、報われなかった努力。 それでも、すべての経験が今の自分につながっています。
あの経験があったからこそ、今では誰かに伝えられることがある。 「あんな現場を乗り越えたんだから」と、自分を信じることもできるようになりました。
現場監督という仕事は、技術職であり、同時に対人職でもあります。 悩み、衝突し、折れそうになった分だけ、成長できる職業なのかもしれません。
結びにかえて|現場を続けてきた、その先に
辞めたくなる現場があった。 悔しくて眠れない夜もあった。
それでも、私は現場を離れずにやってきました。
たくさんの人に迷惑もかけたし、支えられてきました。 完璧な現場監督ではなかったけれど、それでも「ひとつの建物を無事に完成させる」という目標に向かって走り続けてきたことは、今の自分の誇りです。
建物が完成してしまえば、誰が現場を仕切っていたかなんて、記録に残ることはほとんどありません。 それでも、たしかにあの場所で汗を流した日々があり、仲間と乗り越えた時間がありました。
このブログでは、そんな現場でのリアルや、30年働いて得た学びを、少しずつ言葉にしていきます。
これから現場に出る人、いま悩んでいる人、そしてかつての自分のような人に、なにか伝われば嬉しいです。

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